ありふれた風景のうちのひとつ
口の中にふわり、と広がる風味。
『マズイな』と思った瞬間にはもうダメ。
「あぁぁぁ…」
「…何情けない声出してるんだよ」
「困ったー…」
「だからなにが?」
「今無性になめこの入った白味噌の味噌汁が食べたいんやけど…」
「いきなりんなこと言われても。」
「インスタントじゃなくてちゃんとしたやつ…」
「何で唐突なくせに注文が細かいんだよ」
「うー…食べたいー…」
「……………」
クッションに顔を埋めてぼそぼそと言う。それは歩に言っているというより内なる声を抑えられずに呟いているただの独り言に近い。
とはいえ近くにいれば独り言だといえど耳に入ってきてしまう。
はぁ、と溜息を吐いて歩は立ち慣れたキッチンへと足を運ぶのだった。
程なくして湯気の立つそれがテーブルに運ばれ、火澄は感動の面持ちでそれを見下ろしていた。
「…どうぞ?」
「いただきマス」
行儀良く手を合わせてお椀を手に取る火澄の前に座って、歩も同じように味噌汁に口をつける。
黙って2人で味噌汁だけを啜るというのも何か滑稽だったが、それが気にならない程に味噌汁は美味しい。
「歩ってー…」
まだ熱いそれに息を吹きかけて冷ましながら火澄が何気なく言葉を零すと、視線だけが一瞬向けられる。
「『我関せず』って顔しながら結局お節介」
「嫌なら食うな」
「褒めとるんやけど」
「それは褒め言葉じゃない」
「損な性分やね、って話」
「だから俺にとっては嬉しくない」
「せやけど」
味噌が沈殿し始めた汁を箸で攪拌しながら、火澄は口元を歪ませる。
「そんなところが好き」
「それはドウモ。」
「だから褒めてるんやけど」
「だから礼言っただろ」
「嫌そう…」
「してやり甲斐もないならしない」
すっぱりと言い切った歩の言葉の意味をなめこと一緒に咀嚼する。
「つまり『火澄君大好きー』?」
ずず、と音を立てて味噌汁を飲みきった歩はそれには応えず箸を置いた。
そんな風でも今日も。
出来ることなら次にくる"今日"も。
君と過ごせることを、切望している。
夜中に唐突に食べたくなったなめこの味噌汁。でも普通赤味噌な気が。なめこって。