*くるみ嬢視点。







 麗らかな午後。
 愛車のミニクーパーに寄りかかったあたしを、下校途中のお子様達がじろじろ見ていく。
 不躾な視線には慣れてるけど全然いい気はしない。当たり前だ。
 イライラしながら校舎の方を睨みつけると、やっと目標が現れた。
 にしても相変わらずすかした面してる少年だ。


「そこの不幸せそうな面した君!」


 指を差すのは礼儀に反するけど、こと鳴海の変態兄弟に関してはそんなの無視だ。
 こっちを認めた少年は、隣りにいる女の子と何か話している。
 あたし程じゃないにしても結構可愛い女の子だっていうのに弟の表情は冴えない。やっぱり兄と一緒で女の子の好みがずれてるみたいだな。
 それにしても足取りが遅い。こっちは既に待ちくたびれてるんだ。少しは気を利かせてくれても罰は当たらないだろうと思うわけで。
「呼ばれたらさっさと来る!」
「………。」
 少年は返事もせずにようやくこっちに近づいてきた。
「俺のことですか?」
「そ。鳴海清隆の弟君」
 確認にそう言うと、弟は少しだけ嫌そうな顔をした。ぱっと見分からない程度の表情筋の動きだけど、雰囲気がよりいっそう暗くなったと言えばいいのか。にしても相変わらずだこの弟。
 観察してても面白味がないから、あたしはすぐに踵を返して運転席のドアを開けた。
「乗って」
「…は?」
「立ち話もなんだし。あんまり時間ないし。家まで送ってあげる」
 一応こっちは成人あっちは未成年だしね。
 さっさと運転席に乗り込んでキーを挿す。男相手にドア開けてやるつもりなんてさらさらないし。
 少しの間を開けて、弟はドアを開けてシートに納まった。
「えーと…歩君、だっけ?確か」
「はい」
 シートベルトを締めて弟が頷く。
 本当に相変わらず、淡々と喋る。ガキの時よりは違和感ないけど、面白くない。
「全然昔と変わんないね、君」
「………?」
「会った事あるんだよ。君が小学生の時」
 なんで覚えてないかなぁ。
 こんな可愛い女の子を簡単に忘れるほど不出来な頭なのか。
「…もしかして小日向さんですか?」
「もしかしなくても小日向さんだ」
 まぁ確かに前よりは成長してる。昔より会社に口出しする機会も増えてるから、格好だってそれなりに大人っぽくしてる。女性は手をかけ次第でいくらでも、っていうし気付かなかったのは大目に見てやろう、うん。
 結論付けて助手席を横目で見る。
「それで、何の用で学校に?」
 真っ直ぐ前を向いたままの少年が、視線に応じるように喋りだす。
「ご存知だと思いますが、兄ならいませんよ」
「知ってる。失踪中だろ?」
 まったく。ふざけんなあの馬鹿ヤロー。
「だからあの馬鹿はどうでもいい」
「じゃあ…?」
「まどかさんは?」
「職場でも家でもそれなりに元気です」
 淡々と答える少年の言葉からでは状況を慮り辛いものがあるが、とりあえずその言い分は素直に信じることにする。
 無理しないのは無理だろうからしてるだろうけどそれなりにでも元気ならまだいい方だ。あたしは自分の中で頷く。なら問題は次だ。
 少し迷ったけれど、あたしは結局もうひとつ質問を口にすることにした。


「じゃあ君は?」


 打てば響く、とはまったく違うが質問に対して即座に答えてきた弟の返事が今度はない。
 変な間を空けるような沈黙の一時。その後に返ってきた答えは物凄い間の抜けた「は?」の一文字。

 おい。そんなに難しい事は訊いてないぞ?

「だから、君は?元気なの?」
「…見た通りです」
「見て分かんないんだもん、君」
「………。」
 また弟は黙り込んだ。あたしのせいか?いや、あたしは見たまんまを言っただけだ。
 返事を返さない弟君をまた横目で窺う。なにか悩んでるみたいに顔がさっきより少しだけ顰められてるのが分かった。すっぱり答えればいいだろうに意味の分からないところで悩み出す。やっぱり相変わらず変な子だ。
 印象をほぼそのまま上書きしていたら、弟が何かに気付いたように思考をやめた。つられてよく周りを見たら、もう彼の住むマンションはすぐそこにあった。舌打ちしたかけた時にようやく弟が口を開いたからそんな行儀の悪い真似はせずに済んだんだけど。

「特に不健康ということはないですから、元気と言えば元気ですね」

 さんざん考えた結果がそれか?そんなもんか!?
 思わず柄悪く口に出しそうになった言葉に、ブレーキを踏む。声と一緒に車も止まった。
 弟は無言でシートベルトを外している。金属の音を立ててロックが外されベルトは納まるところに納まる。
 ロックは元からしていないドアに手をかけたところで、弟が思いついたようにこっちを向いた。
「送ってもらってすみません。お茶でも飲んで行きますか?」
 最低限の礼儀は知っている奴の言葉だ。だけど何が面白くてこいつと茶を飲まなきゃいけないんだ。気味が悪いくらい腕がいいのは知っているけれど、生憎と。

「そんなに暇じゃない」

 そうやって断れば、あっさりと誘い手は引いた。その引き際の早さだけは褒めてあげてもいいくらいだけど。
 一度目を瞬いて伏せるように視線を落とす。ふと雰囲気が変わった気がした。笑ってもいないのに、微笑んでいるような。それが何故だか憎き馬鹿男を髣髴とさせた。最悪な気の迷いだ。

「それじゃ、失礼します」

 は、と気付けば一礼の後にドアは閉められていた。反射的にアクセルを踏む。サイドブレーキもかけていなかった車はすぐに走り出した。
 バックミラーに映る姿を一瞬だけ確認して、あたしは溜息を吐いた。
「あーあ。これじゃ何しに来たんだか…」
 ステアリングに倒れこみたいくらいに脱力していた。だってこれじゃあ何のために学校まで行ってわざわざ清隆の弟なんて待っていたのか分からない。
 でも元々特に意味があったわけじゃなかった。


「ぬぁにが『君が知る頃には』、だ。あの嘘吐き最低馬鹿男め」


 あの最低男の思惑がどうだかは知らないけれど、あたしは案外早々とあいつの言うところの"問題"に手を触れてしまった。全部じゃあないんだろうけれど。
 でもそれを少しでも知ってしまったら、なんだか無性に鳴海弟の、あの絶望的に溜息の似合う顔が思い浮かんだ。ああそうだもう絶対にお目になんてかかりたくないと思っていたあの小憎たらしい少年が気になって仕方がなかった。
 そうして再び会って見た弟は、相変わらず溜息が似合いそうな幸薄そうな奴に育っていた。
 きっとこのままなんにもしないで話が進めば、きっと彼はとんでもない破滅を手にするんだろう。そんな風に思わせる育ち方だ。



 『君はそれで幸せか?』



 それを尋ねたかったのだけど、訊く気が起きなかった。だってそんなのあたしの大っ嫌いな余計なお世話ってやつだ!
 思ったらまた辛気臭い溜息が漏れた。
「あぁぁぁ!やめやめ!!」
 気持ちが悪くなって叫んだ言葉に全部吹き込んで吐き出した。
「もー絶対関わらない気にしない!あたしはあたしで真っ直ぐ生きていくんだ!」
 "Mind your own business."
 先人はとってもいい言葉を残してくれた。
 自分の禁を破るのはこれっきりだ。しっかりと頷いて、あたしは緩く踏んでいたアクセルを思いっきり蹴って速度を上げた。
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文章中途半端な上、捏造甚だしく申し訳ありません。
小説の言を信じるならこんな話あり得はしませんし。
でもくるみ嬢大好きなので、こういうのあったらいいなぁと。
(所詮夢なのは分かってます…orz)


070117