最終回後です。根が暗いです。不幸せ気味です。ギスギスです。
そんなんでも大丈夫、という方はどうぞ下へ。
↓
今。
一番見たくない顔を見つけてしまった。
いや、見つけた俺に非はない。見つかったあっちが悪い。
ガキの屁理屈みたいな事を考える。
しかし屁理屈だろうとなんだろうと、それは間違いではない。相手に見つかる気がなければ見つける事なんてなかっただろうから責任の全てを相手に押し付けて香介は苦虫を数匹まとめて噛み潰す。
「やあ」
「なにが『やあ』だ」
街中で偶然古い知人に出逢った、とでもいうような軽い反応を香介は冷ややかに一蹴した。
いっそいっぺん死んでこい。しかし1回死んだくらいじゃコイツはきっと何も変わるまい。
「何の用だ」
「嫌がらせかな」
「さっさと失せろ」
「さっさと失せたら嫌がらせにならないじゃないか」
「出会った時点で既に充分嫌がらせだ。帰れ」
苦く、忌々しさを隠しもせずに香介が吐き出しても、相手はどこ吹く風で軽く肩を竦めただけだった。
「そうは言っても。君の向かう先が私の向かう先だ」
思った通りの反言を聞いて、香介は舌打ちした。
こちらが先に身を翻すのは癪だったが、それでもこのままここに留まるよりは精神的に負担が少ない。そう判じて踵を返そうとした香介の考えを見透かしているくせに、いやだからこそ相手はまるで気付かないふりでさらに言葉を重ねた。
「行かないのか?」
どこに、という明示はなかった。しかしそれが示す場所が香介には分かった。
「…行くと思うか?」
「少なくとも、そのつもりでここにいるのだと思ったんだがな」
戯ける様な仕種で。こちらの神経を逆撫でるためのような動作で問われて素直に頷けるほど鷹揚な性質ではないのだ、生憎と。
「行けば、歩が喜ぶ」
「は、どうだかな」
「そうだな、少なくとも最低限の歓迎くらいはしてくれると思うぞ?」
あっさりと前言を翻した相手を睨んでも、やはり効果は薄いどころか暖簾に腕押し状態だ。
飄々と、相手は香介が向かいかけた道の先を見やる。その道の続く先に、彼の弟がいる病院がある。
まるでこの場所からその病室までもが見えているかのような眼差しをそちらに向けたままの相手に香介は、気付けば衝かれたように口を開いていた。
「まだ、」
そうだ、まだ。未だ、あいつは。
「生きて、」
「…そうだな。まだもうしばらくは持つ」
なにがどこが ――― それは命か器官かそれとも意識か意志か。
目まぐるしく頭の中を過ぎった疑問を問うてしまえばきっと簡単に答えは返るだろう。だからこそ、それを問う事は出来なかった。
「気にかかるのなら見に行けばいい」
「冗談」
こちらを見透かすような言葉を鼻先で笑えば、相手がこちらに視線を戻した。
向けられたその顔に浮かぶのが苦みにも哀れみにも見える笑みだったのが酷く腹立たしかったが、香介は沈黙を保った。
そして相手もそれ以上はなにも言わずに踵を返す。
前言通り、彼は続く道の先へと向かうのだろう。2度と振り返りはしないその背を見送る気があるわけもなく、香介も逆の方向へと足を踏み出す。
しかしその足も3歩も行かずに止まってしまった。
『見に行けばいい』
「…行けるワケねー…」
行って、見てしまって、もしも万が一にでも、それを否定したくなったら。
彼の苦しむ様を。
あいつと会うのは、呪いに勝った時でいい。そう、確かに思っているのに。
それでも時折。ほんの刹那に潜り込んでくる恐怖が、ある。
もがいて足掻いてそれでも生きて生きて生きてその先に、
残る希望を掬いあげるなんてことが出来るだろうか俺は、
もういい。もう逝け。
死んでしまえ。
そう、言ってしまいそうで。
「…そんなの願い下げだ」
戒めるようにキツく目を閉じ、再び開けば映りこんだのは頭上に広がる薄い青。
青空を見て、涙の枯れた瞳のようだなんて思うのはおかしなことだ。素直にただ清々しいと、その爽やかさを享受できればこのささくれた気分を癒せるだろうに。
それでもやはり、そらはうつろでからっぽで。
「畜生…」
俺の代わりにこの空が泣き出してしまえばいいのに。
八つ当たるように胸中で吐いて、香介は再び足を踏み出した。
最終回後をシリアスに。
彼が挫ける日があってもいいかなとか思って。
でも書いてみたら思いの他嫌だった。(苦笑)
070311