「こーすけ君!」
「…理緒?」
病院内という事を考慮した小さく、鋭い声。
立ち止まり振り向いた香介の元へ理緒は駆け寄った。
「戻ってたのか?」
「うん、今朝の便で…」
「…タイミング悪かったな」
苦笑して、香介は理緒の頭に手を置いた。撫でるわけでも叩くのでもなくその手はすぐに離れたけれど、優しい仕種がなぜだか胸に爪を立てたみたいで。
「…弟さんが…」
「ああ、ちょっと容態崩れちまったらしい。今は入室禁止だ」
「ちょっ、と……って」
紡ぎたい言葉は口に上らず、不安に焦る様子に気付いたのか香介は理緒の肩を押して"彼"の病室から少しだけ遠退いた。
「見舞いだったら日改めた方がいい。あー、でもお前忙しいか」
「違、待って」
そうじゃない。
そうじゃない事を分かっているのにそれを敢えて無視しているみたいな反応が、底知れない不安を呼んでくる。
「弟さんは…っ!」
「まだ死にゃしない」
「っ!こーすけく…」
睨み上げたそこに浮かぶのは、複雑な感情。
読み解く事も出来ずに、理緒は言葉を失った。
「生死彷徨ってんのも、今に始まったことじゃない」
「…そ、う…だけど…」
見上げていた顔からずるずると視線が落ちていく。自分が俯いていくからだ、と気付いて理緒は唇を噛んだ。
悔しい。
こーすけ君はしっかり前を見て立っているのに。
「まだ、死なねぇよ」
少しだけ硬い声が、宥めるように言う。それに理緒はどうにか頷いた。
視覚の衰弱、神経系の麻痺。
きっと他にも五感の衰えは緩やかに進行しているんだろう。それでも、最初の予定からすればきっとずっと長く、彼は生きている。生きていられる。まだ。
弟さんは生きてる。清隆様が支えている。それを糧にしている自分。
そしていつかその命が途絶えても、延ばした分だけ希望を多く、あたし達は繋いでいかないといけない。
それなのに。
あたしにはまだ、覚悟が足りない。
「…ごめん、」
気付けば眼の縁に溜まっていた雫を、零さないように瞬いて呑み込んだ。
「ありがと、こーすけ君」
「ああ」
上を向いて理緒は笑った。精一杯。キレイに笑えてるかどうかは分からないけど、向いた先、相手の顔は苦笑に変わった。
「じゃあ、あたしは一旦帰るね」
「ああ」
またね。
背を向けざまに告げて、小走りに病室から遠ざかる。
いつもだったらそれを咎めそうな相手が、今日はなにも言わずにそれを見送ってくれた。
あたしは救いを望んだ。
これがその形。
「…ふ、ぅ…っく……」
悲しむなんてお門違い。
だ け ど ま だ
救 い を 望 め ば 望 む ほ ど
貴 方 を 思 う と 救 わ れ な い