『 Lovery weather for ducks. 』
ぱたぱたと可愛い音を立てて傘の上に踊る雫は、いつのまにか激しい音を立てて流れるほどになって、時折気紛れに吹く風の衝撃を耐えるためにしがみつくように傘を差したまま理緒は俯き気味にアスファルトを踏み歩く。
突風が吹くたびに、小さな傘は持ち主を守りきれずに弱くきしむ。
2つに結んだ髪は湿気を含んで重たくて。お気に入りのスニーカーは当然びしょ濡れ。足を踏み出すたびに靴下に跳ねる雫のせいで足は冷え、布製の鞄はすでにいくつかシミを作っていた。
ついてないなぁ…。
思わず漏れる溜息なんて、痛いくらいの雨音に簡単に掻き消える。
天気予報の降水確率は30%なんて曖昧さで。用心に持ってきた折り畳み傘は少々心許なくもどうにか今のところは無事。
といってもまだ駅から数百メートル進んだだけ。道程はまだまだ遠い。
学校からの道は比較的に人が多く、幾人かの通行人が理緒の横を足早に通り過ぎていった。それと同じ速度で歩けたらもう少しは楽かもしれないが、焦ってこの水浸しのアスファルトに倒れこむのは絶対に嫌だ。
嫌なのだけど。
「こんなんじゃいつか飛ばされちゃうよー…」
呟いたところで誰にも聞こえないだろう。涙混じりに訴えても空模様が変わるわけでもなし。
制服で転んだりして、明日はジャージ登校なんて絶対に嫌なのに。
嫌なのに!
ざわっ、と木々が音を立てる。
前からの風雨に抵抗するように差していた傘。そこに突然真後ろから風が吹いてきたせいで張られた布がぶわりと広がった。案の定、傘はそれを支える理緒ごと前方へと押し流された。
「わ、待っ」
なす術もなく体制を崩した理緒の手から、傘が逃げ出してしまった。
しかし慌てた理緒が手を伸ばした先。追いかけた傘の柄の先の紐を、気付いたら別の手が捉まえたいた。
「あ、れ?」
「あんた本当に相当危ないな…」
傘のない理緒に自分の傘を差し掛け、もう一方の手でどうにか捉えた理緒の傘。
自分と同じように制服のあちこちに雫のしみ。気付けば今も、理緒に与えた分のスペースを雨に打たれてしまっている。
「あ、え、ごめんなさい!」
「いや」
理緒はようやく我に返って手に戻された自分の傘を肩にかけた。
「大丈夫か?」
「はい。小さいから不安定になりやすくて」
少し上から向けられる視線に、理緒は笑って答えた。
落ちてくる雫も気紛れな突風もなくなったわけじゃないのに、気持ちが晴れる。
歩き出した相手に釣られるように一緒に歩き出すと、一度黙った相手が口を開いた。
「浅月でも連れてきて一緒に帰った方がいいんじゃないか?」
「え?」
「いや、あんた独りで帰るとどっかでひっくり返りそうだから」
「そんなこと…ありますけど。大丈夫ですよ」
理緒自身おかしいと思ったけれど、慌てたようにそう応えたら案の定、相手に笑われてしまった。
思わず。
案外柔らかい表情に、思わず。
「こーすけ君じゃなくてもいいですよね?」
強請るみたいに零れた言葉。
一瞬きょとんとした表情を見せた後、その言葉の意味を理解したのか片眉が上がる。
「それは『送ってけ』ってことか?」
「あ、いえ!」
冗談です、と否定する前に。
「仕方ないな」
ここで放り出したら後味が悪そうだ、と真顔のままで続けられた。
「…いいんですか?」
「暇ではないけど、切羽詰って忙しくもないからな」
気負いもなく遠回りに了承を告げられたので、理緒は気にする事はやめにした。
「じゃあお言葉に甘えます」
相変わらず傘に必死でしがみついてて余裕は全然ないのだけれど。
明日朝一でこーすけ君に自慢しよう、と胸のうちで密かにガッツポーズを決めた理緒だった。
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『
春先〜』の番外のつもりで書きましたが
普通の理緒あゆでもいいかな、と。
(そもそも『春先〜』の本編無いしな…)